きょうからのスタート

 

7月19日。朝から浅草寺でおみくじを引いて、人生で初めて凶が出た。

「26歳、凶(今日)からスタート!」とケラケラ笑いながら、この先何をやっても悪いこと尽くしと書かれたおみくじを細かく折りたたんで、ふざけんなと思いながらぎゅっと結んだ。

今日の予定は何も決めていなかったから、この夏必ず行くと決めていた「光」をテーマにした名作達が展示されるテート美術館展を観に六本木へ向かうことにした。チケットにもなっていたジョン・ブレットの「ドーセット州の崖から見えるイギリス海峡」という絵があまりにも綺麗で、しばらくの間絵を眺めながら美術館を出た後は海に行くことを決めた。

せっかくならついでに海の家で働いている友達にも会いに行こう、と思い立ち連絡をしたら「昨日まで9連勤だったのに・・・」と返信がきた。幸先悪いな、と思いながらぎゅっと結んだおみくじが頭に浮かぶ。

 

そもそも私はこれまでの人生の中で思い立った矢先に躓く、みたいなことが非常に多い。朝に思い立って行こうとした展覧会は会場に着いてからよく見たら去年の日付だったりするし、思い立っていくご飯屋さんが満席か臨時休業な確率は日本一を狙えるかもしれないほど高い。この話を友達にしたら「そういうのってどっかでちゃんと帳尻あってんの?」と聞かれた。思い立った先のご飯屋さんが空いてなかった時に、しょうがないからと入った近くお店は大抵大当たりするし、大学生の時まではおみくじで大吉しか引いたことなかったし、たまにじゃんけんのときに相手が出すものがわかる時がある。そういうところで、多分帳尻は合ってるんだと思う。そうだと信じてる。そういう風にできているって知っている。だからわたしは気にせず一人で海へ向かう。

 

海の家でレッドアイとソーセージを頼み、

少し波が荒い海を眺めた。

めちゃくちゃ暑いだろうと覚悟して行ったけれど、風はひんやりしていて気持ちがよかった。雲が多かった空の隙間から、だんだんと美術館で見た絵のような光が差しはじめる。水辺に行くたびにひらめちゃんが言ってくれた「あやちゃんは水タイプだよね。」という言葉を思い出す。そうなんだと思う。元々私が生まれた時は7月19日が海の日だった。だからなのか水辺は私にとってパワースポットになっている。

 

今年の頭に恩師だった教授が亡くなった。誕生日には毎年必ずメッセージをくれていたから、今年は送られてこなかったことで改めてもういないことを実感した。

卒業式がコロナで無くなってしまった私たちは、また卒業式の日に会おうね、と軽く手を振ったまま、きちんと最後のお別れを出来ずに今に至る人が多い。もう、このまま一生会わない人もきっとたくさんいるのだと思う。

先生とも、また落ち着いたら会えるだろう、と思っていたから。亡くなった、と聞いた後もあまり実感が湧かずぼやぼやとしていたのだけど、こうやって少しずつ実感していく。

毎年くれていたメッセージを読み返す。「こんな時代になったけど、負けないで強く生きるんだよ」

先生はいつも身をちぎったような言葉をたくさん手渡してくれて、それらを久しぶりに再度受け取り、もう会えないことがやっぱりどうしようもなく悲しくなった。

 

 

新宿駅に戻り西武新宿の駅に向かっている途中パタパタと揺れるすだちうどんの写真に猛烈に惹かれて26歳にして人生で初めてなか卯に入った。

でも出てきたものは写真と全然違ったし、あまり美味しくなくて、うどんを啜りながらまたぎゅっと結んだおみくじが頭に浮かぶ。思い出したくなかったことを次々に思い出してしまうのを塞ぐように急いでうどんを啜り店を出る。

 

負の感情もベタベタな汗も足についた砂も全て洗い流すために、最後に地元のスーパー銭湯に行った。今が1どん底でここからは這い上がるしかないってことだよ、と凶をひいた時の励まし文句があるけれど、今がどん底ならばこの先全然大丈夫だな〜と思いながらお風呂上がりの牛乳を一気に飲み干し帰宅した。